頑丈な檻の秘密


   お邪魔してるから僕が何か作るよ。と響也が酒の肴を作り出す。
その背中を見ながら、王泥喜は狭い部屋に置かれたローテーブル(又の名を卓袱台)に、買ってきた缶ビールを並べた。そこへ、自分が作る庶民的な肴とは違う代物を手にした響也が、王泥喜の向かい側に座り、にこりと笑う。
「美味しそうだろ?」
「そう、ですね。」
 得意気に笑う響也に、王泥喜は声のトーンを落とした。
 あれから一時間経っただろうか、響也の対応が普段通りに戻ってしまった事が王泥喜を苛立たせる。
「…なんだい気のない返事だな、折角僕が作ったのに。」
 ぷうと頬を膨らませれば、とても24歳の男とは思えない。(そんな事、ないです。)と苦笑を浮かべ、王泥喜は料理達の上で箸を迷わせる。
 食べなれないものが多く、味の推測が出来ない分迷う。
 刺されている爪楊枝を引き抜き、プチトマトらしきものを口に入れる。ギュっと歯で押しつぶせば、予想通り、酸っぱい味が口腔に広がった。
「こっちのドレッシングをつけておくれよ。」
 差し出された皿に盛られた白い液体に潜らせて口に運ぶと、今度はチーズの味しかしなくなる。トマト本来の味はすっかりと覆い隠され、潰された時の食感だけが奇妙だった。
「ね、美味しいだろ?」
「まぁ、そうですね。」
 手にしたビールのプルトップを引き上げれば、勢いよく噴出した泡を啜る。苦味が全ての味を押し流した。
「響也さんも、」
 プルトップを開けてやり、王泥喜は響也に渡した。受け取った響也は小首を傾げる。
「乾杯でもするかい?」
「何にですか?」
「勿論、僕と君の出会いと素敵な晩餐に。」
 (乾杯)と上機嫌に叫び、そして勝手に缶に己の缶をぶっつけて、響也はビールを煽った。自分が作ったくせに殆ど手をつけようとせずに、ビールを煽る響也を眺めながら、やはり素直になれない人だと王泥喜は思う。
 響也が話題にする取り留めの無い話は、酔いが回って口が軽くなってくれば兄の事に変わる。二人の間の、ある種タブーじみた兄の話を響也はしない。だから、兄の事を口にする時は、酔いが進んで抑制の箍が外れてきているのだと王泥喜は知っていた。
 それが、王泥喜を複雑な気持ちにさせるのだ。
こんなに親しくなっても恋人同士になったとしても、素直に心を曝す響也を先生の力を借りなければ見る事が出来ないないのだと感じる事が、悔しい。
 
 本当に心から支えてやりたいと願っているというのに。

 そう考え、余りに恥ずかしい台詞に赤面する王泥喜を目ざとく見つけた響也はもう酔っちゃったんだとからかう。
 アンタの方が何倍も酔っ払いのくせにと、王泥喜は無防備に近付いた響也の額にデコピンをかます。大げさな悲鳴を上げて身を引く響也は、涙目になりながら王泥喜を睨んだ。
「酷いじゃないか!」
「煩いからですよ。」
「だからって、兄貴みたいな事しなくてもいいだろ!」
 言い放つ響也に、王泥喜の苛立ちは増す。こんなふたりだけのスキンシップにも、確実に兄の影を見てしまうからだ。
「響也さんて、本当にお兄ちゃん子ですよね、何処へ行くのもベッタリのイメージ。」
 告げた言葉に、響也はバツが悪そうに黙り込んだ。それでも、ジッと見つめていれば、渋々と口を開く。
「ああ、そうだよ。ベタベタしすぎて、いつもあの冷ややかな視線で制されてたよ。(邪魔です。響也)とかなんとか言われてさ。それでも僕にだけは構ってくれた。」



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